カーテンの昔の言い方とは?意外と知らない呼び名や背景を解説!

カーテンの昔の言い方と背景 暮らし・生活

現代の生活に欠かせないアイテム、「カーテン」。

普段から誰でも使用しているものですが、その昔は違う呼び方や役割を持っていたのです。

本記事では、

  • カーテンの昔の言い方
  • カーテンに似た昔の日本文化
  • 現代のカーテンとの違い

など、日本の歴史を振り返りながら、カーテンの昔の言い方について解説していきます。

カーテンの昔の言い方について

カーテンの語源

カーテンという言葉は、ラテン語の「cortina」に由来し、英語では「curtain」として定着しました。

もともとは、

  • 「覆うもの」
  • 「囲むもの」

という意味があり、劇場や家庭で使われる布製の仕切りを指す言葉として広まりました。

中世ヨーロッパでは、城や貴族の館において、室内を仕切るための布が用いられることが多く、これが後のカーテンの原型になったと言われています。

また、聖域を隔てる目的で布が使われることもあり、神聖な空間を確保するための重要なアイテムとされていました。

時代の流れとともに、カーテンは装飾性を帯びるようになり、貴族や上流階級の家庭では豪華な刺繍や金糸が施されたカーテンが使用されるようになっていったのです。

昔は「窓掛け」と呼称されていた

日本では、西洋文化が入る前から窓や部屋の仕切りとして布を掛ける習慣がありました。

明治時代以前には、現在のカーテンに相当するものを「窓掛け」と呼称。

窓に掛けて日差しや風を調整する布を指していました。

単に日差しを防ぐだけでなく、外からの視線を遮る目的も果たしていたのが特徴です。

さらに、上流階級の家では美しい染めや刺繍が施された「窓掛け」が用いられ、装飾品としての役割も果たしていたのです。

「カーテン」という言葉が広まった経緯

明治時代以降、洋風建築の増加とともに「カーテン」の文化が広まりました

当初は貴族や富裕層の邸宅で使用されていました。

しかし、国産のカーテンが生産されるようになると、一般家庭にも広がります。

また、和室に合うデザインが工夫され、障子や襖と共存する形で使用されることも増えました。

このように、日本の住宅事情や生活スタイルの変化がカーテンの普及に大きく関わっていたのです。

歴史をさかのぼる!カーテンに似た昔の日本文化

日本には、西洋のカーテンとは異なる形で布を使った仕切りの文化があり、

  • 住居
  • 戦場

などさまざまな場面で利用され、日本独自の空間の作り方を反映していました。

ここでは、カーテンに似た昔の日本文化について詳しく説明していきます。

帳(とばり)

「帳(とばり)」は、部屋や寝所を仕切るために使われた布のことを指します。

主に貴族の間で使用され、プライバシーを守るために吊るされました。

平安時代の寝殿造りにおいて、重要な役割を果たしていました。

幕(まく)

「幕(まく)」は、戦国時代や祭りなどで使われた布の仕切りのことです。

神社・仏閣で使われる「奉納幕」などが代表的な例です。

几帳(きちょう)

几帳(きちょう)は、平安時代の宮廷文化において、部屋の仕切りや装飾として用いられた屏風のような道具です。

美しい布がかけられ、貴族の女性が身を隠すためのアイテムとしても使用されました。

陣幕(じんまく)

戦国時代には、武将が軍を指揮するための幕「陣幕(じんまく)」が用いられました。

敵の視線を遮りながら、戦略を練るための空間を確保する役割を持っていました。

これも一種の「カーテン」と言えるかもしれません。

現代のカーテンとの違い

素材や用途の違い

昔の日本では、麻や絹などの自然素材が主に使われていました

これらの素材は通気性が良く、季節に応じた適応が可能で、特に夏場には涼しさを提供する役割を果たしていました。

そして冬には、より厚手の絹や木綿を使用することで防寒対策としても機能していました。

ちなみに、染色技術や刺繍が施された装飾的な布も多く、格式のある家では独自の模様や家紋が施されることもありました。

一方、現代のカーテンでは、

  • ポリエステル
  • 綿
  • 遮光機能付きの特殊素材

などが用いられることが多く、耐久性やメンテナンスのしやすさが重視されています。

また、UVカットや断熱効果を備えたものなど、機能性が大きく進化。

インテリアの一部としてデザイン性も多様化している状況です。

さらに、防炎加工が施されたカーテンも増えており、家庭だけでなく、公共施設やホテルなどでも広く利用されるようになっています。

昔の日本は「間仕切り文化」が強かった

日本の伝統的な住まいは、襖(ふすま)や障子(しょうじ)を活用した「間仕切り文化」が強くありました。

そのため、欧米のような固定されたカーテンを使う習慣は少なかったです。

なので、布を使った仕切りとしては「帳(とばり)」「几帳(きちょう)」などが主流でした。

また、日本の間仕切り文化は、家の構造にも大きく影響を与えていました。

例えば、風通しの良さを重視した建築様式では、

  • 夏場に風を通すための薄い布を仕様
  • 冬場には厚手の布や障子を利用

など、室温を保つ工夫がされていました。

さらに、茶室や書院造の建物では、布の間仕切りが客人をもてなすための重要な要素とされ、場面に応じて様々な用途で使用。

武士の屋敷では、格式や身分を示すための仕切りが多く見られました。

特に大名の館では、部屋の区切りに高級な布を使用し、家紋や特別な装飾を施した几帳が用いられることもありました。

まとめ

今回は、カーテンの昔の言い方や歴史、背景についてご紹介しました。

カーテンの昔の言い方としては、「窓掛け」や「帳(とばり)」などがあり、日本の歴史においても布を使った仕切りの文化が根付いていました。

そして、現代のカーテンと比べると、用途や素材に違いがあり、日本独自の「間仕切り文化」が大きな特徴でした。

カーテンの歴史を振り返ることで、日本と西洋の生活文化の違いを改めて理解できるでしょう。